2015/02/23 甲野善紀先生 介護身体論

記:日高明
武術研究家の甲野善紀先生をお迎えして、介護現場での身体の使い方についての講座が開かれました。
講座は甲野先生と練心庵主宰の釈徹宗との身体論談義からはじまります。トピックは多岐にわたりましたが、ここにひとつを挙げれば「心と体との密接なつながり」について。
いまのスポーツ界では、トップアスリートになるほどフィジカルなトレーニングとは別に、メンタルトレーニングも行っています。でも人間の心と体は、さくっと切り分けられるものではありません。緊張や恐怖など、心の動揺は、即座に身体にあらわれます。逆に、身体のコントロールを通じて心の調整を行うことも可能なわけです。
甲野先生が見せてくださったのは、「鷹取の手」と呼ばれるかたちでした。まず両手の親指と人差し指と小指を合わせる。つぎに左右の手の薬指を交差させ、たがいに引っ張ります。この形に手を組むと、自然と横隔膜が下がり、呼吸が落ち着き、突然の一大事にさいしてもアガってしまうことなく冷静に対応できるのだそうです。
このように、長い年月に渡って多くの先人達が発見・開発してきた技法には、心身のパフォーマンスを最大化する知恵が詰まっています。ですがそれを知らない近代人は、身体のなかの力の大部分を眠らせたまま過ごしています。
たとえば私たちはふだん手や腕を自由に使っていますが、あまりに便利すぎるためにその使用に慣れきって、何倍もの力を秘めている背筋や脚を活かすことができません。そして脳は、なにをするにも手や腕の力に頼ろうとしてしまう。手とズブズブの関係をとってしまう脳を、甲野先生は「バカ社長」と呼びます。
先生いわく、「このバカ社長が、しゃしゃり出てくる手ばかりを評価して、口数は少ないけれど能力のある背筋や脚を窓際に追いやっているんです。」だから、身体全体の力を引き出そうとするなら、この出しゃばりな手を抑えておく必要があります。そこで、「旋段の手」です。詳しくは省きますが、これは五指を独特のかたちに固定することで、力を拮抗させて手の余計な動きをあえて抑えこみ、身体の他の部位のちからを引き出すためのかたちです。相手に手首をつかんでもらい立ち上がらせるときにも、この旋段の手を組むと腕の力で無理に引っ張らずに身体全体を使うため、簡単に相手を立ち上がらせることができます。

トークはその後、参加者の皆さまによる実技へと流れ込み、練心庵は介護身体論の実践研究の場となりました。
仰臥位から座位への起きあがりの介助、椅子からの立ち上がりや椅子への腰かけの介助、歩行介助、ベッド上でのおむつ交換時の介護者の姿勢についてなど、参加者の皆さまからさまざまな質問があがりました。「なかなかベッドから起き上がろうとしてくれない利用者にたいして、どのように声をかければいいか」など、質問は介護の身体技法だけでなくコミュニケーションの仕方にまでおよびます。甲野先生は、それに即座に、ときに考えながら、身体と心の働かせかたを示してくださいました。
予定を30分オーバーしての終了後も、なおほとぼりの冷めない参加者と練心庵スタッフが先生のところへ質問に押しかけ、術を体験させていただきました。「介護をとおして体を鍛える・調える」ためのヒントをたくさんいただき、参加者のみなさまとともに身体運用の奥深さ、そして面白さを、身をもって知ることができた午後となりました。甲野先生、ありがとうございます。