2015/07/23 第10回 初歩からの宗教学講座
記:多谷ピノ
7月期の「初歩からの宗教学講座」は、ユダヤ教についてでした。
配布されたプリントには「ジュダイズムの歴史」とのサブタイトル。ジュダイズムとはユダヤ教徒とユダヤ民族、両方を意味する言葉です。ユダヤ民族であるということはユダヤ教徒であるということだと、改めて感じました。
ユダヤ民族の神話は中東から遠く離れた私たちにもよく知られています。アダムとエバや、ノアの方舟、バベルの塔の話を聞いたことないという方はおられないでしょう。もちろんそれは、ユダヤ教から派生したキリスト教が世界中に勢力を伸ばした結果なのですが、間接的にせよ、日常レベルでユダヤ教と関わっていたことに少し不思議な気持ちを味わいました。
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ディアスポラによって整うユダヤ教
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ユダヤ民族の歴史は迫害の歴史です。今から1900年以上も前に、ローマ帝国への反乱に失敗したユダヤ民族は、世界中に拡散せざるを得ませんでした。ディアスポラの始まりです。そこから長きにわたって自分たちの国を持たなかったユダヤ民族ですが、民族そのものがなくなることはありませんでした。ユダヤ教があったからです。
ディアスポラと並行して、ユダヤ民族たちは自分たちの宗教の教義を整備していきました。一番大事な教えが書かれているトーラー、その解釈をするミシュナ、注釈書であるタルムードなどが100年程の時間をかけて次第に整っていきます。世界中のどこにいても、自分たちの教えを貫き通せるように。一番大事なものを手放さないように、彼らは努力と苦労を重ねたのです。
厳しい食規範に代表されるユダヤ教徒の、具体的な行動規範が説明されるたびに、ユダヤ教徒にとっていかに「神との約束」が日常に根付いたものであると感じ入りました。それを何千年も守り、伝え続けてきたユダヤ民族のマインドの強さと知性に、一同感心しました。
しかし、離散し、移住したその先々でもユダヤ民族は迫害を受けます。迫害を受け続けた彼らの胸に、共通の願いが灯ります。それらの願いもまた、受け継がれていきました。彼らは強くこう思ったのです。自分たちの国が欲しい。シオンの丘に戻ろう。
シオニズム運動の始まりです。
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イスラエルとパレスチナ
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第一次世界大戦、第二次世界大戦を経て、イスラエルが建国されました。1948年、イスラエルは独立宣言します。ですがそれは別の争いの始まりでもありました。その翌日に、第一次中東戦争が始まります。
中東戦争は第四次まで続きます。その後も民衆蜂起と呼ばれるインティファーダが起こり、オスロ合意を経ますが、それもまたイスラエルのガザ侵攻によって事実上崩壊したとみなされています。
スライドでは、現在のイスラエルやパレスチナの様子が映し出されました。
イスラエルとパレスチナを隔てる隔離壁。パレスチナ側の土地にはオリーブしか生えません。財産も何も持ち出せなかったパレスチナ人の女性たちがせめてお金に変えようと売りに出している伝統の刺繍のステッチが映し出され、また、眠っているあいだに父親が連れ去られたパレスチナ人の少女のエピソードや、イスラエルの中で暮らすパレスチナ人たちの苦悩などが語られました。
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卵と壁
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最後に釈先生は、作家の村上春樹氏が2009年、イスラエルに招かれてエルサレム賞を受賞したときのスピーチを紹介しました。おりしもイスラエルによるガザへの攻撃が激しい時期であり、多くの人が村上氏に賞の辞退を勧めました。受賞するなら不買運動を実施する、などと脅迫めいたことまで言われたそうです。さすがの村上氏も逡巡しました。「このタイミングでイスラエルの地を訪れ文学賞を受賞することがはたして適切だろうか」と。ですが、ある決意を持って賞を受けた村上氏は、授賞式のスピーチでこう言い切りました。
「心の奥に、刻み付けていることがあります。“高くて硬い壁と、壁にぶつかって割れてしまう卵があるときには、私は常に卵の側に立つ。”」
「壁がどんな正しかろうとも、その卵がどんな間違っていようとも、私の立ち位置は常に卵の側にあります」
爆弾・洗車・ミサイル・白リン弾は高くて硬い壁であり、卵はこれらに撃たれ、焼かれ、つぶされた、非戦闘市民であることを氏は説明します。けれどそれだけではないともいうのです。
卵というのは脆くて壊れやすい魂を持った私たちひとりひとりのことであり、壁とは“制度”であると。
卵がいつも正しいわけではない、と言いながらも、氏は、「壁と卵がぶつかるなら私は卵の側に立つ」と続けます。
まずは卵の立場に立って物事を見る、卵の視点のスピーチに様々なことを考えさせられました。釈先生が神戸で知り合ったユダヤ教の若いラビは、日本に赴任してきたことをとても喜んでいたそうです。不思議に思った先生がそれはなぜだと聞きましたら、彼は笑顔で、「日本は反ユダヤ主義者がいないから」と答えました。
彼らもまた、卵なのだと思いました。もちろん私もそうです。じゃあ何故壁が生まれるのか? 卵と壁はぶつからなくてはならないのか?
中東情勢を初め、世界中で争いのニュースが飛び交っています。自分に何ができるのだろうと無力感に苛まされることもしばしばです。ですがまずはそれらのニュースを注意深く知ることから始めようと思いました。